晴天の霹靂

びっくりしました

嫌がる猫の爪を切るには ~まずは賢くなるべし

うちの猫は爪を切らせない。

それでも子猫の頃は嫌がるところをなだめたり透かしたりしてなんとかなってはいたのだが、お互い色々人生経験を詰んでいくなかで、彼女は私に爪を切らせない決意をしたらしい。

そりゃ私だって猫に舐められても仕方ないことを数々してきたという自覚はある。ありすぎるほどある。

私が猫でも私ごときに爪は切らせる気にはならないだろう。

だから強いことも言えず、つい切るのも延び延びになり、爪も伸び伸びになる。

 

そんな昨晩、眠る直前のことである。

猫がGIFアニメみたいに同じところで同じ動作をループしている。

「ん?時空のバグか?」

と思って見つめていると、前足の爪がカーペットに引っかかって歩き出せないでいるのだ。

いかん、いかんぞ。明日こそどうあっても切る、そう思いながら寝た。

 

日に日に早くなっていく春の夜明けに気もそぞろな猫は、今日も早朝から布団の上に元気に飛び乗ってくる。

もうちょっと、もうちょっと寝たいです。

という無言の抵抗もあえなく却下されて、仕方なくむくっと半身起き上がると、いつものようにゴロゴロ言いながら猫は体の上に乗ってきた。

布団と腹と腕に取り囲まれるのはちょうど良い圧迫感と安心感があるらしく、そこは猫のお気に入りの場所である。

寝起きの悪い飼い主はねぼけ眼で爪切りを手繰り寄せ、満足気にくつろいでいる猫をそのまま腹と腕で軽く押さえつけるようにして爪を切りはじめた。

実に、何ヶ月ぶりであろう、前足の爪を全部切ることができたではないか。

 

嫌がる猫の爪を切る方法についてはずいぶん研究したのだ。

もしかして切れ味の問題なのではないかと思ってこれまで考えたこともないくらいの値段の刃物屋さんの爪切りを買ってみたりもした。

猫のほうでも、その真剣のように綺麗な金属を爪切りと認識できなかったようで静かに切らせてくれたにはひどく感激したものだ。

しかしその後「あれは爪切りである」と認識してからやはり逃げ出すようになってしまい、高級爪切りはあえなく人間専用になった。

はたまた、バスタオルで顔をくるんでしまえばおとなしくなるという情報を聴きつけて、猫の寝込みを襲ってタオルでそおっと捕獲したこともある。

ぎゃあぎゃあ嫌がる猫を涙ながらに力づくで押さえつけたはいいが、最終的にはお互い嫌な思いをしただけという惨事になった。

 

そんな中、私はついにYou Tube上でゴッドハンド猫遣いを見つけたのだ。

どんな猫でも力で押さえつけたりすることなく、爪切りもシャンプーもなんでもやってのけてしまうキャットグルーマーである。

胸を打たれたのは小手先の小道具とか知恵とかではなくて、根本的なコミュニケーション能力だ。

その人はのほほんとした様子で猫を操りながら言う。

猫が暴れるのは扱ってる人のせいだ、と。

暴れスイッチが入らないように、動きの癖を見てきっかけになる動作をさせなければ猫は暴れようがないのだ、と。

何をしても上手に封じられて逃げ出せないと分かれば、痛いことされるわけでもなし、仕方なくちょっとの間我慢してくれるものだと。

お湯を掛けられてブーブー文句を言ってる猫に陽気に話しかけながらゴッドハンドは言う。

「肩に登らせたらだめですよ。ここ持ってしまえば登ってこられないでしょう」

実際、猫は不満げながらもされるがままになっている。

 

そう、我が家の猫も、必ず肩に登って逃げる。

肩に登られてしまうと、猫の方に悪意はなくとも伸びている爪が肌に食い込んで悲鳴をあげる程痛い。

悲鳴を聞くと猫のほうはもう目も当てられない大パニックになるばかりで完全にお手あげである。

そうか、うちの子も前足を肩に掛ける動きをさせないように最初から構えれば切れるんじゃないかな。

 

そうしてしばし動画を研究しては色々なだめつすかしつ試行錯誤してきた結果わかったのは、うちは飼い主より猫のほうが明らかに頭がいいということである。

私が「いい加減爪を切らないと」と思って目をあわせた時点で、さっきまで甘えていた猫はもう逃げている。

なんと猫のほうが私に「スイッチを入れるきっかけになる動作」を先回りしてやらせないようにしていたのだ。

私は心から願った。

神様、猫より賢くなりたいです。

 

「……そうか。それはつまり、こういうことだったんだ」

寝ぼけつつ早朝の猫の爪を次々切りながら私はようよう思い知った。

爪切りにトラウマがあったのは、猫ではなくむしろ私の方であった。

「今日こそなんとしても切らなければ」

と思うたびに、その殺気が伝わっていたのだ。

アドレナリン分泌ゼロの半覚醒状態のまま、

「肩登りたいでしょう?いかせなーい。うふふふ」

とかうすらぼんやりヘラヘラやっていると、猫の方でもこんなにだらしない人間相手には本気スイッチを入れるのが憚らるという気になってくるのかもしれない。

前足の爪10本は大人しく付き合ってくれた。

 

一番最初にすべきは、まず自分のリラックスだったんだな。

今まで怖がらせて本当に悪かった。

「じゃあ、後ろ足はまた今度ね」

前足を終わって開放すると猫はそそくさと逃げていく。

目覚ましのコーヒーを飲むために、私もそそくさと布団から立ち上がる。

なんでもちゃんと話し合ってやっていこうよ、君は大切な家族なのであるから。

 

 

私が感動した神のごとき猫洗い動画はこれ。


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