雪道で少し気温が上がった日に一番歩きにくいのは、横断歩道の起点と終点、車道と歩道の境目のところである。
「大の大人としてこの水たまりをいかにして飛び越えようか?」
と悩んでいったん立ち止まるくらいの水深だ。
それでも考えてみれば、それは春の兆しなのではある。
こちらが足元ばかり確認しながら歩く間にも、列島の南の方からはすでに梅の便りが始まってることを思うにつけ
「ああ羨ましい。いい加減に色のあるものが見たい」
という気にもなるが、雪景色が溶ける前にいったん小汚くなってしまうのも雪国の季節感ではある。
節句に合わせて桃の枝を売ってるのを見かけて買って帰る。
家にはしばらく前に買った白菊が元気でいるが、こんな灰色の雪の季節にびっしりピンクの蕾を抱いた枝には抗し難い喜びがある。
菊の花は玄関に移し、リビングには牛乳瓶に挿した桃の花をおけば、まだ一輪も咲いていないただの蕾とは思えないほど華やかな生命力の予感。
そしてその向こうの窓の外には、ぐっとせり出してきている屋根の上の積雪とそこから垂れるつららが、今日にも落ちそうな陽気である。
毎年春が来る前になんとなく香りのするものが欲しくなる。
いつもよりいいボディソープやら、なんらかのフレグランスやらをちょっと買ってしまうのはこの時期だ。
今年は天然香料に贅沢をした化粧水を見つけてしまった。
日頃は「どうせ水とグリセリンなんだろうから一番安いのでいいんじゃないの?」と思ってるものが、なぜ急に「超いい匂いのする水」なんぞの魅力に抗えなくなるものかと我ながら不思議だったが
「そうか、花が待ち遠しいんだな」
と思えば納得もする。
その水からは、お花屋さんの奥のガラスケースの中で一番大事にされている花の匂いがするせいだ。
じゃあ仕方ない。だって長い冬だったんだから。
今まで用が足りていたところに気まぐれで贅沢をするにはなんだか気がひけるものだけど、それにも理由があると思えば急に大目に見られてもいいような気がする。
だってそうこうするうちに、きっと春はやってきちゃうのだから。
ありがたいねえ。