目が覚めたのと、大雨が上がったのと、夜が明けたのが、おそらく全部ほぼ同時だった。
いつもどおり、窓の見えるスツールに座って温めたコーヒーを飲んでいたら、窓越しに見える電線にびっしり溜まった雨粒が、朝の光を受けてキラキラ輝いていることに気づいた。
まさか水滴なんて小さなものが、部屋の窓からこんなに大きくはっきり見えるなんて幻覚のようなものじゃないかしら、と少し疑いも持つのだけど、それはとにかくガラスのネックレスのような輝きで目の前の景色を手前から奥へと連なっている。
だいたい50時間寝ていた私は、それが現実か幻覚かなんてことはちっとも気にならず、久々のコーヒーを飲みながら「おはよう」と思うのだ。
二度目のモデルナ製ワクチンを日曜の昼に打って、徐々に上がりだした熱が38度台になったのが深夜頃だ。
寝たり覚めたりしながら、頭が痛い、体も痛い、と輾転反側していた翌月曜日も、ほとんど何も考えずにずっと寝ていた。
普段熱を出すことがほぼないのでよく知らなかったが、38度台も後半になってくると人間、寝てる以外にできることがあまりない。
そしてなぜか口が開くことを知る。
38.9度になったあたりで「ここらがマックスではないか」と記念写真を撮ったりする以外、ほぼ眠る。
そして寝るに寝続けて接種2日後の火曜日の朝。
熱は37度前後まで一気に下る。
「よし、これは微熱だ。それでは普通の生活へ」
とは思うのだけど、どういうわけだか全然体が動かない。
なにかする気になれないどころか、そもそも「座る」という気にすらなれない。
仕方ない、平熱になるまで休むか、と思って、もう一回寝る。
寝て起きたら、その「平熱」がやってきていて、たまった仕事を色々やろうと何度も挑戦するのだけど、どうにもまとまった量の活動ができないし、「座っている」という気にもなれずに横になってしまう。
なにこれ怖い、と思ったら、どうやらこれが副反応のひとつ「倦怠感」というやつであるらしいことに気づく。
どうせ駄目なら仕方ない、もう今日は諦めよう。
そう思って堂々と横になったら、なんとそのまますぐ寝る。
たまに起きて「人間ってこんなに寝ても大丈夫なものかな?」と心配したりもするのだけど、心配するうちにまたすぐ寝る。
夜中に起きて「十分寝たし、さすがに元気になった気がするけど、しかし夜中だしなあ」などと身の処し方に困っていたら、やがてまた寝る。
ついに三日目の夜明け、断続的とはいえ50時間あまりの圧倒的な睡眠とともに、確信を持って目覚めた朝の、雨粒のネックレスである。
とにかく「生まれ変わったのだ」といっていいくらいの爽快感があり、目の前にある美しい光景が客観的に真実かどうかにほぼ興味もない。
そうして人生で何回目かの確信を再び持つ。
「私は人よりはるかに強く眠ることの生命力によって、ここまで生きながらえてきたに違いない」
なんだかわからないのだけど、私は起きてる時間に成す仕事より寝てる間に成す仕事の方が多いんだろうと思うことが人生のうちに何回かあって、今回も妙にそんな経験だった。
元来健康な人間がいきなり高熱が出て、いきなり下ることの、なにか魔術的な感覚。
「まさか必要ないだろうけど余興の一環として」買ったセブンイレブンのフリーズドライの粥に、本当に命を救われた感があった。
温かさと出汁の味が「うまいー」と叫ぶほどありがたく、今後もしものために買い置きしておこうかしら、とちょっと思っている。
あとポカリもヨーグルトもフルーツゼリーも、全部神。
私は基本的にだいぶ丈夫な人間なので「ちょっと変わった経験」くらいですんだけど、少なくてもモデルナに関しては「37.5度以上の発熱は88.0%で出現」するものを、休業補償もなしに「積極的に受けましょう」というのはちょっとひどいんじゃないか、とは思った。