秋というのは、とりわけ子どもの声がよく通る季節であるような気がする。
道の向こうを歩いていた少年が、藪から棒に大声で歌い出したのが風に乗ってまっすぐこちらに届いてくる。
「ビーダービーダー光るーお空のー星よー」
ビダビダ光る星を、直ちに私は連想しようとする。
ハレーションのせいで星の中にもう一個星があるような、想定の倍ほど賑やかな光り方をする夜空。
少々やかましいが、クリスマスと七夕をいっぺんにやるみたいでそれも悪くない。
「ビダビダチェックしてください」
と言う世界史の先生がいた。高校生の時だ。
大事なところはただ「チェック」だった。最上級に大事なところが「ビダビダチェック」だ。
さて、ビダビダチェックとはどんなチェックであろうか。
蛍光マーカーで文字をなぞるくらいでは、4文字中の4文字全部が濁音という騒々しさを十分に表現しきれないと思った私は「筆圧強めの赤ペンで波線を二重に引く」というマーキングが「もっともビダビダ感がある」という結論に至った。
大変真面目に授業を受けていた自信はあるが、そんなことばかり考えていたせいでいくらも賢くはならなかったのは情けないことだ。
そんなこともしばらく忘れていたが、ごく最近になってふっと思い出したのはオリンピックを見ていたときだ。
スケートボード競技で、技が決まったときに解説の人が「ビッタビタに決まってます」と言ったのだ。
「おお、これがビタビタかっ!」
と思ってちょっと身を乗り出した。
スケートボードの腹のところが、階段の手すりという、「どうやったってそこに乗せる必要がそもそもないだろう」という場所になぜかうまい具合に乗り、安定がいいんだか悪いんだかわからないけど、結構すごい、というバランス。
ははーん、これがビタビタだとすると、あのときの「ビダビダチェック」というのはもう少しこう、強引に吸着していく姿勢、みたいなものを出すべきだったろうか。
そんなことを実に久しぶりに思い出した夏だった。
「びーだーびーだーひーかるー」
回らぬ舌で屈託ない声を張り上げる少年が歩いていく。
秋なのでともすれば物悲しくて、一方私は君の声にちょっとばかりビダビダしてしまう。