晴天の霹靂

びっくりしました

猫の迎え火

近所に、いつも人気がなく朽ちかけた小さな墓地がある。

静かなのが気に入っているのでよく歩きにいくのだけど、今日は墓地全体がずいぶん晴れがましいのに驚いた。

あちこちに切りたての新鮮な花が供えてあって、高そうな立派なユリまでたくさんある。

一族郎党、と言ってもいいくらいのにぎやかな人数で交互に墓前で手をあわせている団体もいるし、

身体がわるいのを支え合って歩いて入ってくる老夫婦もいる。

目の前を歩いていく墨染を着たお坊さんは、墓地の入り口にある観音様の祠に入っていって中を清めはじめた。

ほとんど顔つきもわからないくらい風化してるので、そのさみしげな佇まいに心惹かれて私はよく通りすがりに挨拶をしていた古い観音様だ。

こんなふうに定期的に大切にしてもらってる存在なのだとは、知らなかった。

そのとなりのお地蔵様もすっかり綺麗になって、足元に小さなゼリーがたくさん置いてある。

小さいギザギザのプラスティックカップに入った、カラフルで別に美味しくはない、例のアレだ。

全体に活気があって、いつものあの墓地とは思えないくらい晴れがましい場所に見える。

そうかそうか。ちゃんと大切にされていたんだ。

街の片隅で誰からも忘れ去られて、だからこそ私だけの場所だとばかり思い込んでいたこの場所は、本当は、ただひっそりとたくさんの人に大切にされている場所だったのだ。

人が眼に見えないものを大切にしている姿を見るのは、すごく嬉しい。

 盆踊りの音色はどこからも聞こえないから妙な感じだけど、お盆だものなあ。

 

夕食前、ベランダに出てろうそくをつけた。

去年の夏に死んだ猫のためだ。

ちらちらするオレンジ色の炎を珍しがって、部屋の奥から黒猫がのぞきにくる。

「ちーちゃん、これで帰ってこられるかねえ?」

秋の風に吹かれて黒猫とふたりでチラチラ揺れるオレンジの光を見つめる。

空に良い香りの菊をしきつめて、その花びらを軽々と踏みながらうちのあの猫がベランダから帰ってくるのではないか、そんな空想を容易にする心地よい夜空だ。

「さて、じゃあご飯にしようか」

ろうそくの火が消えるのを待って、また二人でささやかな、少しだけ寂しい日常に戻る。