晴天の霹靂

びっくりしました

ポメラ、コーヒー、日暮れゆく公園

大きな公園が目の前で日暮れていく。

陽射しの暖かな日曜で、おおらかな丘を持つ公園には目を見張るほど色とりどりの防寒具に身を包んだ子どもたちが鈴なりでそり遊びをしている。
奇声を上げて落下してくるソリにひかれないように用心しいしい丘の下を横ぎって、私は公園を見渡す二階のある喫茶店までやってきたのだ。ちょっと気分を変えるために、「ポメラ」を持って。

 

窓の前のカウンター席を陣取って、公園の名前のついたブレンドコーヒーを飲む。

丘の上のほうにはプラスチックのソリを抱えた一個師団が上ったり下りたりしているし、ふもとのほうでは雪を丸めている別働隊がいて、その成果としてあちこちに、いびつな雪だるまがにょきにょきと立っている。

公園のはしのほうには「ソリがぶつかると危ないから斜面のすぐ下に雪だるまを作らないでください」と看板が立っているのもおかしい。雪だるま建設にもいろいろ規制があるのだ。


雪だるまの林を遠巻きにした辺縁には犬の散歩がしきりに現れる。

この犬たちも、実に様々な防寒着を着ているには感心する。

思い返すに昔は「犬に洋服を着せるなんて人間のエゴだ」なんていう論争が結構あったものだが、さすがに近頃はそんな話も聞かなくなったようだ。

実際、真冬の犬は寒そうだし、毛の短い種類の犬は何か着ている方が見ている側もちょっと安心できる。気持ちの良い公園の気持ちの良い午後には人も犬も実によく歩くものだ。
 
ポメラを開いて、暫く前から停滞している長めの文章の続きを書き始める。停滞箇所はすぐに見つかるが、解決法があるかどうかはまた別の話。
後ろの席にやってきた男女の一組が、ミルフィーユのセットでコーヒーと紅茶をそれぞれ頼んだ。
「最近、わかったんだけど」と注文のあとで男性が言う。

「コーヒーってミルクを入れると、香りが消えるんだよ。コーヒーの香りがミルクに吸われて。」

女性の返事は、もちろんない。興味深い一幕。
 
店内にはいかにもいいスピーカーが設置しており、喫茶店らしいなめらかなジャズが流れている。

自宅では音楽をかけながら考え事をすると、音楽に脳髄を吸われて何考えてるんだかさっぱり思い出せなくなるのだけど、喫茶店で聞く音楽はコーヒーの香りのように自然に受け取ることができる。これはスピーカーによる音質の違いなのかなあ、など考察してみた。これももちろん誰からの返事もない。どうでもいいのだ。

 

朗らかな声に包まれていた大きな公園はゆっくりゆっくり日暮れていき、色とりどりの子どもたちがすっかり居なくなる。

斜面はただ雪の塊になり、それを取り囲むの松の木の枝もぐっと寒そうになった。思ったよりも長い時間が過ぎている。

ラストオーダーを聞きに来た店員さんにお礼を言ってポメラをパタンとたたむ。

捗った。実際の進捗状況がどうこうというより、全方位的に快適な刺激に身を置けたことによって感触がぐっとよくなった。

 

今度は誰もいない丘の下を、たくさんのソリの跡を見ながらまた歩いて帰る。

何これ、ポメラすごい楽しいな。

人が淹れてくれたコーヒーとか、いいスピーカーから出る音楽とか、公園に面した大きな窓とか、そういうものが全部ポメラに含まれるのかと言えば、どう頑張ってもポメラの機能とは言えないだろうが、「小さくて軽くて余計な機能のない筆記用具」は、人間の身体が本来、広く色んなものに開かれたセンサーだったことをちょっと思い出させてくれて、それはなかなか集中と相性が良いようだ。

 

良い一日であった。 

キングジム デジタルメモ ポメラ ブラック
 

 

 パソコンと比べると明確に奥行きが小さいので幅の狭いカウンター席での作業が広々快適なのは非常に嬉しい発見。バックグラウンドでやたら動いたりしないぶんバッテリーの持ちもいいので、予備バッテリーを持ち歩く必要がないのも、紙とペンみたいに気楽に持ち出すためには大きなメリット。

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 やたら醜いマスキングテープをベタベタ貼って平気なのは私が悪いのであってポメラのせいではない。便利なショートカットキーがたくさんあるし、自慢じゃないが私は物覚えが悪いのだ。