3月になったので「ここまで来ればもうだいたい春みたいなもんだ」なんて、余裕のそぶりをしていたら、途端にゴウゴウうなり声をあげる吹雪である。
ベランダでは私のネギ畑が、雪が積もったり氷が張ったり散々な目にあっている。
消息を知りたくてのぞき込んでも、土の下の様子はまるでわからない。
土が入っているだけの白いプランターは、素っ気なく扱われた墓地のように見える。
寒いのでパソコンデスクに向かうのは諦めて、昼の日差しの入る居間で大きな窓に向かって居座る。
左足をこたつの猫に枕として提供しつつ、前足のほうで幾ばくか人間としての務めも果たしていこうという趣向だ。
キングジムのポメラという、すごいやつを買ったのだ。怪獣の名前みたいだが、ポケット・メモ・ライターで「ポメラ」である。今時、何万円もするのに文章が書けるだけの謎メカとして、でかい顔をして売られている。
ちょっとだけ無線LAN設定ができ、作った文書をクラウドにアップしたり、自分のメールアドレスに送ったりする程度のことはできる。
あとは、頭の良いATOKが入っているのと、小さいのに打ち心地が官能的なキーボードがついているだけで、余計なことは一切できない。
ブラボー、あとは私が素晴らしいことを書くだけで世界は平和に包まれるはずだ。
こたつに置かれたポメラの左上で点滅するカーソルから目をあげると、窓辺の猫の祭壇が見える。
小さい骨壺と、小さい線香立てと、私が作ったコップのジャングル、そして小さなひなあられが並べてある。
目についた花を買ってきてはそこらのコップにどんどん投げ込んでいく方式の我が家は、私が最近枝ものに凝りはじめたせいで、ジャングルの様相を呈してきた。
節句用の桃はあっという間に咲いて花の盛り過ぎてしまっているが、葉が可愛いので挿したままにしてるし、ネコヤナギもあらかた落ちてしまっているが「猫みたいだった」という思い出だけでじゅうぶん可愛いので挿したままだし、色が欲しくて買い足したレンギョウはそこらで拾ったみたいにたくましい枝ぶり。
コップの中はいまや原生林並の無法地帯になった。
水面を見ているとちょっとマングローブっぽくもあるその小さな世界が、私がつくった「コップの密林」なのだと思うとうれしい。
小さなモニタの中にいるのに飽きて、あの水中にどぼんと入っていけるならば、ぎっちつまった枝の間を泳いで点検して回り、ポメラとかいう黒い怪獣を倒したり、柳の上の猫を手懐けたり、レンギョウの黄色い花びらにのって春を告げたり、桃の若芽を引っ張り出したり、やるべきことがたくさんあってさぞ忙しいだろう。
ゴウゴウと猛り続ける三月の吹雪の中、ガラスで囲われた安全区画の中に私は座っており、その安全区画の私がガラスで区切って作った安全密林の中を探検している。
ネットにつながらない私は、アナログ刺激のみでコップの密林に接続し、入れ子構造の冒険をひとまわりして、またカーソルの点滅する小さな画面に凱旋帰国したのだ。
さあ、今こそポメラの勝利のとき。
「作った文書をいちいち取り込むのが面倒で使わなくなりはしないか」というのが一番の懸念だったけど、そんな心配はなかった。
千文字以下(この文章程度)以下のサイズならiPhoneでQRコードを読み込んでアップするのが手軽だし、それ以上大きいときはLANにつないでグーグルドライブに上げ、ワードに移して編集する。ずっとパソコンのブルーライトを浴びてるよりメリハリがついてかえっていい。
あまり使いやすいので、気づいたらパソコンの前でポメラを広げて使っていることもある。
見た目のちゃちさに比較するとまあまあの重さと大きさはあるし、びっくりするほど指紋が付きやすいけど、気に入ってしまえばそういうところもかわいい。