晴天の霹靂

びっくりしました

『書けないッ!?』 ~「専業」と「兼」をめぐる実は大変デリケートな話

最近、『書けないッ!~脚本家吉丸圭佑の筋書きのない生活~』というテレビドラマを観ているんです。

(しかし中年にはタイトルが覚えられないし、覚えたところで満足に口も回らないのでもう少し短くしてもらえないものか)

www.tv-asahi.co.jp

 

「売れない脚本家のところに、いきなりゴールデン枠の連ドラの仕事が舞い込んできて色々大変」というお話です。

「自分の経験値でできるのだろうか」という不安やら、みんなが好き勝手押し付けてくる注文をどうさばいていくかという心労やら、要するに「産みの苦しみ」の部分を鑑賞するのがなかなか楽しい。

 

思えば仕事の中における「考えている時間」やら「このままなにも思いつかないんじゃないかと悶々としている時間」って、それ自体は換金されることも評価されることもなく、本当にただただ「あれは一体なんだったろう」という謎の集積として宇宙の彼方へと吸い込まれ続けるものです。

自分ごとだったらいやだけど、他人事としては、本来は宇宙の彼方へ吸い込まれるはずだった時間の集積がちゃんとこうしてコメディタッチのドラマとして日の目を見ることができて、お焚き上げされるのを見るのは妙に安心感があって良いものですね。

高みの見物のヨロコビ。

 

それはそれとして、現在のストーリー進行とは別にまた気になることがあるのです。

公式サイトにある番宣用のメイン画像が変なんですよ。

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書けないッ!?~脚本家 吉丸圭佑の筋書きのない生活~』番組サイト

主役の肩書のところが「たった八文字の中でものすごい矛盾を起こしてるけど大丈夫っ?」と、思ったのです。

専業主夫 兼 脚本家」という文言における「専業」および「兼」の意味とは?

 

きっとこれはちょっとめずらしいくらい大きな見落としによるミスであり、しばらくしたらひっそり書き換わるのではないかというので、「国民の小姑」ことわたくしはニヤニヤとしてしばらく観察していたのですが、これが第二話まで放送の終わった今でも変わらないのです。

するってえと、これはもしやこういうもので、ミスではないってことなのか。

 

自意識の次元では想像できないでもないのです。

主夫業の方は自信があって求められてもいて充実もしているから「業」として胸を張って言える。

一方の脚本家の方は、稼ぎもあまりないし、自信もないし、たいして本気でやってるわけでもないから「業」とは言いづらい。

しかし、一応フリーランスとして看板上げてる社会の手前名乗らないのも具合が悪いから、「専業」の後ろに「兼」をつけて謙遜気味に言い添えるニュアンスであれば、言葉の使い方として破綻してるとは言え、世間様から許してもらえるのではないか。

 

これが、制作側の凡ミスでなく、主人公の自意識の問題としてわざとおかしな表現になってるのであれば、切り開かなくてはならない道のりはなかなか厄介で、そういう自尊心のブレークスルーの物語になるのであれば、非常に好きなヤツです、わたくし。

こういう心の内側の束縛を、シンデレラ的な女性主人公でなく男性主人公で扱う作品て近年とても増えてきてるような気がしますが、面白いの多いような気がする。

 

 

ブロークバック・マウンテン (字幕版)

ブロークバック・マウンテン (字幕版)

  • 発売日: 2015/12/15
  • メディア: Prime Video
 

 心奥深くに閉ざした自尊心をどう扱うか、という問題で一番好きな作品。

最近見直したらやっぱり面白くて「自分はあらゆる映画をこれのパターン違いとして見てるんであって、ひょっとして私にはこの映画一本あればいいんじゃないか」などとうっかり思った次第(たぶん言い過ぎなんだけど、久しぶりにみてそれくらい感動したんである)。