移動距離が長い。やたらに長い。
そして移動距離こそ長いのに、なぜかずっと寒いところにいる。
それがもう、なんとなくおもしろい。
明治維新直後の樺太アイヌの青年ヤヨマネクフが一人目の主人公である。
日本とロシアが戦争して樺太千島交換条約なんて結ばれたおかげで村ごと故郷の樺太を追われ、北海道に移住させられてしまう。
そのあと成長して故郷の樺太へ戻ったまではまあ分かるが、その後南極に出没しているのが奇想天外だ。
でも史実である。白瀬南極探検隊にヤヨマネクフと言う人は本当に参加している。
もう一人の主人公はポーランドの人である。
ロシアによる併合で言葉と民族のアイディンティティを奪われた暮らしを強いられたポーランド人青年ピウスツキは皇帝暗殺計画に連座したかどで樺太に流刑にされている。
そこで地球半周分も出自に隔たりのある、しかし、黙っていては民族のアイディンティティを失いかねないという共通点をもつヤヨマネクフと知り合った。
そこまではまあ分かるとしても、その後妻子を置いてまたポーランドへ戻り独立運動に身を投じるのである。
「ちょっと行ってくるけど、終わったら帰ってくるから」というレベルの移動ではない。
人はどうして気付いたらびっくりするほどの距離を移動していたり、交錯するはずのない人生が交錯したりするのか。
熱源があるから人は動き、動くから人は交錯する、おそらくこれはそういう話である。
だけどこの人たちはなぜだかいつも寒い土地にいるから、衝動が熱ければ熱いほど、雪の中で温かいものを手に受けたときのように、ふわっといなくなってしまう。
寒さと、たくさんの移動距離と、人は死にやすい存在でもある、ということが印象に残る小説だった。