昨今ニュースなどを見ていると、人って折から顕在化した不条理に対して合理的な最善策を選ぶことが、本当に本当に、本当に苦手なんだよな、っていうことを実感する。
じゃあちょっとでも賢くなるためには何ができるかって言えば、「我々は不条理に対して合理的に対応することが本来とても苦手な生き物である」っていうことをよく知っておくことであろうか。
などと考えていたら『ペスト』を読みたくなった。
カミュって、作品を読むうえではちょっとノイズに感じるくらいの極端な男前のクセに、昨日ママンが死んだり、感染後2日以内にみんな死んじゃう病気がパンデミックしたり、暗そうな印象も強いが、私は読みだすとかなり朗らかな気分になる。
街の風景の解像度がやけに高くて、隅々まで色彩と光が鮮明で、遠くの隅っこの方によく犬か猫が居たりするのが、読んでいて本当に楽しい。小さい頃から基本的に視力のよくない私としては、カミュが描き出すほど景色がよく見えていた経験がないので、生理的な快感に近いくらいテンションがあがってしまう。視力が良い人の人生ってこんなにビビットなのかっ。
とはいえ、そんなに眩しい光でいっぱいだったアルジェリアの街オランを突然襲ったペスト。猛然と苦しみながらバタバタと人が死んでいく中で、街は封鎖される。普通に暮らしてるだけなのにある日突然地獄みたいな病原菌と一緒に閉じ込められて解放される見込みも一切立たないなんて、想像してみようと思っただけで思考が停止する。
だってあの門の外は普通に人が暮らしているではないか、なにを根拠にこの私が閉じ込められるのだ。かように私ならまず怒り、怒るのに疲れたら他人事だと思いこむことによって考えるのをやめるだろう。まあ、モブとしてはわりとありふれた反応だ。
オランの街にもいろんな反応をする人々が出てくる。誰かが正しかったり、誰かが間違っていたりするわけではなく、ただいろんな人が、それまでの人生を踏まえていろんな反応をする。分かり合えることも、分かり合えないこともあるが、誰も街から出ていけない。
私が一番似ていたかったのは下級役人のグランおじさんだ。グランは、全然パッとしない、意識も生産性も高くない冴えないおじさんだ。役所の仕事が終わったら家に帰って完成しない小説を書いている。冒頭の、同じところばかりを延々と書きなおしていて一向に進まないし、書いている内容もくどくて滑稽だ。グランの夢は、いつか完成した小説を編集者に見せ「脱帽!」と言われることである。
そのグランはペストが発生しても相変わらず冴えない様子のまま「何か役に立つことがあるかと思って」と危険な保健隊の仕事に志願する。そうして、淡々と黙々と、できる仕事をただやる。何も言わない。口を開けば自分の大事な、そして滑稽な小説の話だけをする。
ああ、特別な才能も技能も理知もないなら、このグランおじさんに似ていたいものだと読んでいるととても思う。