晴天の霹靂

びっくりしました

『パイの物語』~神と人との関係でザワつくシリーズ

ちょっと久しぶりに『パイの物語』を読み直したら面白かった話。

パイの物語

パイの物語

 

年明けにNetflixのオリジナルドラマ『メシア』にハマった流れで、”神と人との関係においてザワつく物語”という系譜で思い出し、引っ張り出して再読でした。

 

好きな話なのですが、一冊の中に全然違う物語が三種類くらい入ってる感じのふり幅に対する戸惑いも大きく、なかなか読み通せずにきたのですが、『メシア』視聴直後の、釈然としない感を抱いたまま読みだしたら、大変興味深く一気に読んでしまいました。足りてなかった成分はモヤモヤだったのか。

 

動物園で暮らす少年のジュブナイル小説かと思って読んでると、海洋サバイバル物になり、マジックリアリズム小説になり、スプラッターになって「そんなにいろいろ飲み込めないよ」と唖然としていたら終わっていく。モヤモヤ上等。

 

冒頭、パイ少年が動物園で幸せに暮らしているくだり(檻の中って意味じゃなくて実家が動物園経営)は、動物の名前や生態が事細かに出てきて動物図鑑を読むような楽しさがあります。読むのに時間はかかるけど出てくる動物の名前をイチイチ検索してどんな生き物かを確かめながら読むとより楽しい。完全に「エデンの園」パートです。

 

もうひとつこの少年期で面白いのが、パイ少年が宗教オタクヒンドゥー教キリスト教イスラム教に入信します。

彼の住むインドのポンディシェリは英国領と仏領が入り乱れていていろんな宗教の人がおり、ちょっと街を歩くとヒンドゥー教の寺院、キリスト教の教会、イスラム教のモスクが自然な風景として存在するらしい。パイ少年は動物園を歩いて「どの動物も素敵だな」と思ったように、街を歩いて「どの神様も素敵だな」と思うようになるのです。

当然まわりの大人たちからは「どれか一個にしなさい」と言われるわけですが、どうして素晴らしいものを全部信仰しちゃいけないのかがそもそも分からない。たしかにパイ少年の目を通して覗き見る神々はどれも精彩に富んで読んでいて大いに楽しいです。

 

第二部は、この幸せな少年が虎と一緒に太平洋に放り出され、神と動物に関する知識を頼りに野生状態を生き延びた記録です。

最初のほうはロビンソークルーソーのようなサバイバル小説風。それがだんだん極限状態になるにつれておかしな具合になっていき「おいおい、そこまではついていけないぞ」とこちらのキャパシティを超えたあたりでやっと少年はメキシコに漂着します。

 

第三部では、船が沈んだ原因について調査している保険会社に「虎とかいいから報告書に書けるようなまともな話をしてくれ」としつこく質問されたのに答えた、もし彼の心に神がいなかったら悲惨な体験はどれくらい悲惨だったのか、という身も蓋もないバージョンで終わってびっくり。

 

2013年にこの作品がアン・リー監督で映画化されたときにも「なんだかよくわからないけどこの作品の中には私の好きなものがあるぞ」と思って二回劇場へ行ったものの、何が好きなのかまでは良く分らなかったんです。

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 (字幕版)

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

そして月日が流れて2020年の年あけ、netflixで『メシア』を見て「モヤモヤするばかりっ!」と思ったわりにはやたら惹かれるにあたり、この「パイの物語」を思い出したのでした。

 

『メシア』は不気味なカリスマ性を持つメシア風青年が突然現れて社会を混乱させる話。彼の謎について何かを解明できることはないが、物語を待ち望んでいた人の心が不可抗力でぞわっと動く。そういう物事が解決するかどうかとは別の「物語の力」になんか感動する、という傾向がどうも私にはあるらしく、それはポンディシェリで暮らすうちに宗教オタクになったパイ少年に共感するところでもあったんじゃないか、などと思ったのでした。