晴天の霹靂

びっくりしました

寝言いう猫、いわぬ猫。

寒い中こたつに入って本を読んでいるとこたつ布団の奥の方から「ぐーうっ」と妙な物音がする。わざわざ開けて確認するまでもなく、熟睡しているときに大きな声できっぱり寝言を言うのは我が家に住まうちびの黒猫である。

 

不思議なもので、もう一匹の虎猫の方が寝言を言うのは聞いたことがない。飼い主のひいき目をもってしても「賢い猫である」とまで主張する気はないが、どうやらどこかでシャムの血を引くとか言われたり言われなかったりする雑種である彼は、シャム猫型に突き出た胸骨をして、首も手足も尻尾もすべてほっそりと長く、目の周りには鮮やかに隈取もあり、なかなかに賢そうな顔つきをして静かに眠るのだ。

 

あるいは西洋の置物のような座り姿で部屋の敷居の手前のところでドラキュラよろしく招き入れられるのを執念く待っている姿など、まさに深謀遠慮に尻尾が生えたようでちょっと立派なものである。

彼にしてみれば、甘えたいと思いつけば一瞬の迷いもなく駆け寄ってきて、そそくさと人間の膝にのり、腰も落ち着けないうちから早々にゴロゴロ言い出してしまう感情駄々洩れ型黒猫とは猫の出来がちっとばかり違うといったところだろう。

 

「うちの黒猫ってものは、夢と現実の接続がちょっとばかり甘いのだろうか」、こたつの奥でまだしつこくむにゃむにゃ言っている黒猫の声を聞きながら考える。

思えばこの飼い主も、よく寝言を言うのだ。

 

アラームを掛けない朝には「アレクサ、おはよう」と自分からスマートスピーカーに声をかけてはじめて鳴りだすように設定してあるラジオが、目覚めたらとっくにかかっていることがよくある。まったく意識がないままに、AIがちゃんと聞き取れる程度にはっきりした滑舌でしゃべりかけたということだ。黒猫の寝言か私の寝言か、ふたつにひとつだが、声帯のなりたちから考えておそらく私だろう。

 

完全に寝ているのに、はっきり大きな声で突然しゃべりだす属性の生き物たちって、あれはいったいどういうことなのか。あるいは賢いのか、あるいは馬鹿なのか。常に意識が半ドア気味で暮らしている飼い主としては、寝言というのもある種の想像力と独創性の現れであったらいいなあなどという夢もちょっと捨てきれないが……すると、赤ちょうちんの暖簾をくぐるようにしてこたつ布団の陰から迷惑そうな顔をした虎猫がのそっと出てきた。

「あははは、うるさかったか。あいつは寝ても起きてもうるさいねえ」

猫らしく絶壁になった小さな頭蓋骨を撫でてやるとハンサムな寝起きの虎猫は少し、釈然としない顔付をして戸惑っている。

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